logo
フィジーへの愛、さらに深く。<br>バティヴァカロロライチェル海遥[サクラセブンズ]
ショートヘアに。「パリ五輪の応援で現地へ行った時、そこで会った子どもがかわいくて、同じ髪型にしました」。(撮影/松本かおり)

フィジーへの愛、さらに深く。
バティヴァカロロライチェル海遥[サクラセブンズ]

田村一博

 答えはすぐに出た。

 みんな喜んでくれるかな。どんなことをやったらいいんだろう。
 姉妹でああだこうだと話し合い、半分、口論みたいにもなったのに、そんなことすべてが吹っ飛んだ。
「みんなの目がキラキラしていました。本当にやってよかった」

 子どもたちの前に立ち、用意したセッションを始めたら、みんな、あっという間に笑顔になった。
 思い立ってフィジーで実施した初めてのラグビークリニック。子どもたちからどんな反応が返ってくるのか怖かったけれど、ラグビーボールがあって、みんなで体を動かすとなれば、それだけで、理屈はいらなかった。

 バティヴァカロロライチェル海遥(みよ/以下、ライチェル)が妹のアテザ優海(ゆみ/以下、アテザ)とフィジーに向かったのは今年(2024年)の8月中旬だった。
 同国は父の母国。大好きな場所だ。

 女子ラグビーの強豪・ながとブルーエンジェルス所属、女子ラグビー日本代表のキャップを持つ姉妹は、クリニックで子どもたちの笑顔を見て、これからも同じような活動を続けていきたい思いが湧き上がっている。

 姉妹はフィジアンの父・アピサイさんと、母・香さんの間に生まれた。2人は香さんの趣味だったスキューバダイビングを通して縁ができて結婚、日本で暮らして3人の子宝に恵まれた。
 兄のアピサイ拓海は北海道バーバリアンズでプレーする28歳で、ライチェルは現在27歳。アテザは、その2つ下である。
 現在、父はフィジーのスバ郊外に暮らしている。

 ライチェルは、昨年(2023年)も自分の誕生日に合わせてフィジーに行った。
 その時から、次回はアテザと一緒に行きたいと思っていたし、2人で、「そうしよう」と話していた。

 今回フィジーに行ったのは8月10日から17日。2人は同じチームでプレーしているが、仕事は姉がセコム、妹はチームの母体であるヤマネ鉄工建設と違う。
 お互いの仕事とブルーエンジェルスの活動スケジュールを調整した結果、お盆の頃に行こうとなった。

 フィジーに住む父や家族(親戚)に会いたくて計画した今回の旅にクリニック実施も加えたのは、以前から胸の中に思いがあったからだ。
「私たちには、フィジーと日本というバックグラウンドがあります。なので、フィジーのことも大事にしていきたいし、そんな自分たちだからこそやれることがあり、架け橋みたいになれるんじゃないかな、と考えてきました」

「日本とフィジーに限らず、英語を使い、いろんな国の子どもたちにラグビーの楽しさを伝えるのもいいと思うし、他のスポーツで、体を動かす楽しさを知るきっかけ作りでもいい。そんな思いは昔からあったのに、なかなか踏み出すタイミングがなかった」と話す。

 ぼんやりしていたアイデアが今回実現に動き出したのは、情熱を口に出したからだ。
 クラブの村杉徐司ハイパフォーマンスディレクターに思いを伝えると賛成し、背中を押してくれた。
 使わなくなったジャージーなどのチームグッズを提供してもらえることになった。100着超をキャリーバッグに詰めて持って行く際の超過料金も、クラブからサポートを受けた。

 ブルーエンジェルスに2024年シーズンから加わったフィジー代表、ルシール・ナガサウ(愛称/)も「ちょうど国に帰っているからやろう」と言ってくれた。
 イベント前日に現地のジムで会った女子代表、ユニス・ベセも当日はクリニックを手伝ってくれた。
「今回、多くの人たちのサポートも受けて、初めて踏み出すことができました」と感謝する。

1997年9月18日生まれの27歳。父の影響で4歳からラグビーを始め、戸田ラグビーダンディライオンズ、板橋有徳高校、立正大とラグビーを続ける。アルカス熊谷から2022年に現在の所属チーム、ながとブルーエンジェルスへ。163センチ、64キロ。セブンズ日本代表キャップ30、15人制代表キャップ1。(撮影/松本かおり)


◆なんでそんなに魅力的な目をするんだよ。


 今回訪れたのは、いとことの縁がある小学校、ファシルアプライマリースクール。放課後クラブでラグビーにも取り組んでいることもあり、小学校5年生と6年生たちを対象にセッションを実施した。
 父も学校と連絡を取り合ってくれて、当日は写真撮影係として参加した。

 ちなみに父は、同国の島々で成るロマイビティ諸島のひとつ、モトゥリキ島のナイザンベザンベというヴィレッジの出身。
 ライチェルら姉妹は、実は、そこにはまだ行ったことがない。最初に長男のアピサイ拓海が島に足を踏み入れないと、姉妹は入島できないという昔からのルールがあるからだ。

 クリニックは8月14日の放課後におこなった。40人を相手に1時間半。最初に、子どもたちへ伝えたのは、「ラグビーというより、まず体を動かして楽しむということを大事にしてね」だった。
「ルールもひとつだけ伝えました。どんなときでも笛が鳴ったら、先生の方に体を向けて話を聞いて、と」

 ストレッチから始まり、普段ブルーエンジェルスでもやっているウォーミングアップやリアクション系ドリルを紹介し、幼い頃に自分たちがやって楽しかったメニューも採り入れた。

「父が板橋でやっていた寺子屋でラグビーを教えていた時、『川渡り』という遊びをしていました。私たちが好きだったものです。コーンを2列に並べて、そこの間が川。川にはディフェンスがいます。その人たちを避けて、こっちの岸から逆側に渡る。それを繰り返し、最後まで生き残るのは誰だ、という鬼ごっこみたいなものです」

 その後、2チームに分かれ、10回のパスを続ける「テンパス」もやった。それぞれのチームでチームトークをおこない、もっと上手くいくための方法を見つける時間も設けた。
 そして最後は、みんな大好きタッチフット。

「靴を履いている子、履いていない子がいたのですが、セッションが始まってしまえば、全員が履いているかのように走れることにビックリしました。誰も履いている、いない、を気にしていないし、誰かがボールを持って走り出せば一斉に動き出していました」

 クリニックを通して、子どもたちの瞳が記憶に深く刻まれた。
「こちらが有名とかそうでないとか関係なく、新しく来た人の話にすごく興味があるし、何をするんだろう、この人たち何をしているんだろうって、こっちを見る目がすごくきれいなんです」

 きっと、一生忘れない。
「なんでそんなに魅力的な目をするんだよっていうくらい、めっちゃ、目が綺麗だった。アテザとも、そう話しました。自分の家族、親戚がいる国だからそういう風に感じるのかもしれないけど、子どもたちの純粋な目がダイレクトに私たちの中に残った。帰りのバスの中でアテザと2人で、涙ながらにそんな話をしました」

写真左上/左からライチェル、ラス、アテザ。写真右/自撮りで全員と。写真左下/夢中でボールを追った子どもたち。(本人提供)


 セッションを終えて、子どもたちに伝えたことがある。
 まず、自分たちの原風景として、父からラグビーを教えてもらったことがあり、それが楽しくて、小さな公園でいつも練習をしていたことを話した。

「そういう小さい頃からの積み重ねがあるからいまがあり、いろんな国に行って、多くの人たちと試合をしたりしている、と言いました。ラグビーというひとつのことで、いろんな可能性を見つけた。一つひとつは小さなことかもしれないけど、それをつないでいったら、今回フィジーに帰ってきて、ラグビークリニックをやれて、みんなと出会えたんだよ、と」

「いま自分たちがいるところでは何もできない、と思わないで」と言いたかった。
「いまやっていることを、ちょっとずつ頑張ってほしい。子どもたちに、そう伝えたかった。日本のようにいろんなクラブ活動が当たり前のようにあって、選択肢がいくらでもある環境ではなくても、一人ひとりに可能性があると感じたので」

◆みんなの世界が広がるきっかけに。


 自分の子ども時代を思い出すと、いろんな人にきっかけを作ってもらい、それらがいまにつながっている。今度は、自分が子どもたちにきっかけを作ってあげたいと思って動いたのが、今回アクションを起こした原点。
「この子たちの可能性をもっと広げてあげたい、っていう思いがさらに強くなりました」

 今回のクリニックを終えて、「やっぱりフィジーが大好きって思った」と、ライチェル自身、目をキラキラさせる。
 いまだに家族全員(両親と3兄妹)でフィジーを訪れたことはないけれど、「他の国に行くのとは全然違います。フィジーは、初めての時から毎回、帰ってきたー、っていう感覚になっていました」。

「自分のバックグラウンドでもある場所で初めて活動できて純粋にすごく嬉しかったし、フィジーという国、そして子どもたちと、新たなコネクションを作れたのは、私の人生にとってもすごくいい財産になった。それをアテザと一緒にできたのが嬉しいんです」
 この姉妹は、本当に仲がいい。

 ライチェルは最近、自分の中のフィジアン気質が膨れ上がっていると自覚している。
 外国人選手も多く在籍するブルーエンジェルスに移籍してから変わった。言葉の壁を作らないためにも、日常的に感情を伝え合うコミュニティ―の中に身を置いている。
「それで、自分の中にもともとあるものが、どんどん出てきている感じです。感情をどんどん伝えるようになったし、よく言えばおおらかで、悪く言えば大雑把な部分も出ています」と言って愉快に笑う。

 ヘッドコーチのロテ・ナイカブラの指導方針も、チームの結束を高めてくれている。
「彼はフィジアンで、すごく感情を大事にします。淡々と、黙々と頑張るのが日本の選手には多い傾向ですが、ロテは、どんなことにも自分の感情に目を向けるというか、楽しいものは 100パーセント楽しもう、悔しさにも向き合って、その感情を噛み締めよう、と」
 1人ひとりが自分に正直に生きることで、それぞれが理解し合い、絆が深まると考える指導者と感じている。

2024年の香港セブンズでのプレー。(撮影/松本かおり)


「隣にいるチームメートを家族だと思おう、って言います。1人で目標を達成するのだったら時間もかからないかもしれないけど、チームだと時間もかかる。でも、その分、達成できたら喜びも大きいし、強いよ、と」
 チーム愛の深まりは、やり甲斐も高める。新しいエナジーを得ている自分がいる。

 12月7日、8日に南アフリカ・ケープタウンで開催される『HSBC SVNS 2025 ケープタウン大会』に参加するサクラセブンズの出場登録メンバーに久しぶりに入った。
 シーズン開幕前、「今回のシリーズでコンスタントに上位に入ったり、コアチームであり続けることで、(2026年開催の)ワールドカップセブンズに向け、世界のトップ国と十分に戦える回数をリアルに増やしていければ」と話した。

「オリンピック後、次の大会(五輪)を目指して4年を一気に考えるのは体的にもメンタル的にも難しく、とりあえず2026年までワールドカップセブンズへ向けて頑張って、そこまでやり切れたら、その2年先にあるオリンピックも見えてくるのかな、と思っています」

 近所の公園から始まったボール遊びから始まった世界への旅。その途中で得たものを、将来、できるだけ多くの子どもたちに伝えていけたらいいな、と思う。
 笑顔の子どもたちと、また会いたい。

ALL ARTICLES
記事一覧はこちら