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166センチ。100回目の早明戦での勝利、タックルで支える。田中勇成[早大3年/FL]
166センチと小柄ながら、トップスピードで刺さるタックルは相手に前進を許さない。(撮影/松本かおり)

166センチ。100回目の早明戦での勝利、タックルで支える。田中勇成[早大3年/FL]

田村一博

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 国立競技場に詰めかけた4万544人のファンを、最後の最後まで熱くさせた100回目の早明戦。
 12月1日におこなわれた2024年度の関東大学対抗戦A最終戦は、早大が明大に27-24のスコアで勝ち、今季の対抗戦優勝を決めた。

 早大にとって6シーズンぶり、24回目の対抗戦優勝は、2007年度以来17年ぶりの全勝優勝でもあった。
 日本代表の活動にも参加した佐藤健次主将(HO)の躍動とリーダーシップ、2年生ながら今年日本代表キャップ5を得たFB矢崎由高の勝負を決めるトライ、ルーキーSO服部亮太のロングキックと、赤黒ジャージーには、スポットライトを浴びるパフォーマンスを見せた選手が何人もいた。
 チームの誰もが全国大学選手権の優勝へ、さらなる成長を誓っている。

 独特の空気が漂う80分の中で力を出し切った両チームの選手たち。早大の7番、田中勇成(ゆうせい)も、その一人だ。
 ヘッドキャップ姿の小兵は、166センチ(87キロ)と、両軍FW中でいちばん小さかった。しかしタックル、またタックル。すぐに立ち上がり、ブレイクダウンにも頭を突っ込み続けた。

 早大教育学部(教育学科 教育学専攻 教育学専修)に学ぶ3年生は、チームの伝統のひとつでもある『委員』と呼ばれるリーダーグループのひとり。接戦を勝ち切った戦いを振り返り、「きつい時でも接戦の中で自分たちの力を出せた。自信になる」と話した。

小柄も、動き続ける。参考にしていたのはクボタスピアーズ船橋・東京ベイに在籍していた168センチのFL岡山仙治(2020年から4シーズン在籍/天理大)。(撮影/松本かおり)


 フルタイムを迎える直前、紫紺のジャージーに攻め込まれる状況があった。しかし、追い込まれている意識はなかった。
「あそこは早稲田がいままでやってきたことのプライドを出す場面だ、と思いました。みんなでつながり続けられたから守れました」 

 佐藤主将も、3点のリードしかなかった最終盤の状況を、「(CTB野中)健吾や田中と声を掛け合いながら守っていました。あの状況を楽しめた。そのマインドセットで勝てた、と思います」と話した。

 田中は早実出身。今季は、早明戦も含む開幕からの全7試合で7番のジャージーを着てピッチに立ち、そのうち3試合は80分プレーした。
 3-57と相手をノートライに抑えた11月23日の早慶戦では、大田尾竜彦監督が「早稲田を象徴するような選手としてプレーできている」と評価し、その試合のベストプレーヤー級活躍として称えた。

 佐藤主将の信頼も厚い。こちらも、田中のことを早稲田ラグビーを体現する存在と思っている。その想いは、数か月前のエピソードからも伝わる。

 日本代表活動に加わり、チームから離れている時間も長かった春シーズンの主将は、関東大学春季交流大会の帝京大戦前のジャージープレゼンテーションにはオンラインで繋がり、参加した。

 そこでコメントを求められた佐藤主将は、そこまで4戦全勝だったチームに対し、「いまの早稲田は強い。相手を大きく見ることはない」と伝えた後、田中に絞って話した。
 その試合の両校の6番は、田中と帝京大主将の青木恵斗。166センチと187センチと、2人にはサイズ的に大きな差があった。

 主将は、サイズにも恵まれ、アタックセンスが抜群な相手主将の方がトータル的には上かもしれないが、「そんなことは関係なく、この試合で活躍した方が6番として上。田中のディフェンスは凄い。やれるぞ」と言って、それが早稲田ラグビーと強調。タックラーの闘志に火をつけた。
 田中が大きな壁を崩す一の矢になると、期待を込めた。

「自分たちのチーム、という感じが強い」と話す今季。その空気は自分たちが求めて手に入れたのだから、「自主性を持って行動する責任もある」と話す。(撮影/松本かおり)


 ただ、その試合は7-60と大敗。田中は試合に敗れたことを当然悔やむも、自身のタックルが本来のものと違ったことを強く反省した。「スキルを見失った試合」と思い出す。
 気持ちが入り過ぎた時、飛び込みタックルになるのが自分の悪い癖。それが分かっているから、スキルを高めるトレーニングを重ねてきたつもりだった。
 しかし、その徹底は足りなかった。そう気づかせてくれた一戦だった。

 以降、それまで以上にタックルスキルにこだわる練習を積んできたから、いま安定して力を出せる自分がいる。
 各試合のタックル数は、チーム内でトップになることがほとんど。一撃を見舞った後、誰よりもはやく起き上がり、すぐに次のプレーへコミットすることにこだわる。
 早明戦も「相手の大きなFWを自分が止め続けてゲインラインを切らせない。それをやり続け、ディフェンスからチームに勢いをもたらすイメージでプレーしました」と言う。

 田中のタックルの特徴は、自分のタイミングを持っていることと、相手の死角から突き刺さることだ。
 前述のような「飛び込み」をなくすためのキーワードはシャッフル。急加速でボールキャリアーとの間合いを詰めた後、足の運びを瞬時に調整し、自分の間合いを作る。その瞬間、最強の姿勢で突き刺さる感覚をつかむための練習を毎日繰り返している。

「死角から入るというのは、自分のトイメンではない選手にも、内(見えない角度)からタックルする動きです」
 それが防御ラインをより厚くし、ボールキャリアーへの圧となる。

 タックルに目覚めたのは高校1年時だった。
 3歳の時に足を踏み入れた楕円球の世界では、小中と在籍した練馬ラグビースクールでもSH、SOでプレーしたように、バックスでプレーする期間が長かった。高校進学後も、早実で2桁の背番号を背負い続けた。

 入学後の最初の練習だったか、憧れていた3年生の小泉怜史(現・三菱重工相模原ダイナボアーズ)にタックルした際、「めっちゃいいじゃん」と言われ、自信になったことを覚えている。

「(高校には)スタンドオフで入ったのですが、周囲と比べてみてもセンスがなく、大丈夫かな、と感じていた時にそう言われて、これを自分の強みにしていこうと思いました」
 2年時には花園にも出場してCTBでプレー、トライも奪った。

 FLになったのは、主将を務めていた高校3年時の秋。東京の花園予選、準決勝で目黒学院に敗れる直前のことだった。チーム事情もあってバックローに入った。
 ただ、本人も「大学に入ったらフランカーをやりたいな、と思っていた」という。

アタック時は、つなぎ役になること、常に攻撃オプションの一つになること、アタックシェイプをすぐ作ることに注力。(撮影/松本かおり)


 大学入学後は、その言葉通りFW第3列で生きている。
 Aチームでプレーできているのは今季から。2年時まではなかなか1本目になれず、昨季は春季交流大会で先発起用の機会を得たが、秋口に足首を痛めて復帰まで時間を要し、秋の公式戦出場はならなかった。

 そこから這い上がれたのは、試合に出られないことを怪我のせいだけにせず、「絶対的な存在になれていないのだから、何かを変えないといけない」と自分に矢印を向けることができたからだ。

 リカバリーや睡眠、食事と、ラグビー以外、グラウンド以外の領域にこだわり、自分を高めた。「早稲田は環境に恵まれています。ただ、それをフルに活用できるかどうかは自分次第。もっとやれる、と感じていた」ので、この1年、徹底して自己研鑽を繰り返した。

 結果、怪我のないコンディションを手に入れ、毎回の練習、毎週の試合にフルコミットできている自分がいる。
「毎回の練習に100%で入り、やり切る。80% だと反省すべきことが分からなくなる。自分の100%を出し続けて出た課題に毎回取り組むことをずっとやってきました」

 チームの練習時間も昨季の早朝から午後に変わり、全体練習後、Aチーム以外のカテゴリーにいる選手たちとポジション練に割ける時間も増えた。
 すべての積み重ねがチームの土台を大きくしたと感じている。

 早明戦独特の空気の中でプレーできたことを「しあわせなこと」と表現した田中は、「きょうは喜びますが、見つかった課題を修正して、次に進みます」と気を引き締めた。

「きょうも飛び込んだタックルがあったし、ペナルティをとられたプレーもあった。チームは間違いなくいい方向に進んでいると思います。それを自信にしながら、反省もする」
 チームも自分も、そんな気持ちで高みに一歩ずつ近づくつもり。小柄な7番の足は、シーズンの最後の最後まで動き続ける。

早明戦を「課題が多く見つかった」と話す。決勝の日まで成長し続ける。(撮影/松本かおり)


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