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【楕円球大言葉】キルところまで切れ。
チームの先頭に立つHO平生翔大(ひらお・しょうだい)主将。人間福祉学部に学ぶ4年生。今季全6戦に出場し(5戦先発)、この日のトライも含めて計8トライ(撮影/平本芳臣)

【楕円球大言葉】キルところまで切れ。

藤島大

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 キル。スポーツライターはこの言葉をよくつかう。「殺」ではない。「切る」のほう。

「③尽きるようにする。物事を最後までやる」(広辞苑)

 今回は「仕留め切る」。本来の「仕留める=討ち果たす」にはそもそも「切る」が含まれるのだろう。でも、ここはスポーツの切実な感覚に従いたい。

 11月17日。京都産業大学(以下、京産)が、白星を引き寄せるトライを仕留め切れず、関西学院大学(以下、関学)は勝ち切った。45-21。後者のまさに特大の勝利だった。

 のぞみ430号車中で結果に接し、おっ、と、つぶやき、帰京後に映像を凝視した。

 昨年度まで3大会連続で全国大学選手権準決勝進出の京産は、午後2時のキックオフから7分で2トライを奪った。たちまちの14-0。ほとんど100点ゲームの勢いだ。
 
 さらにリスタート後の左展開で長いゲインに成功、11番の堤田京弘が独走、左コーナーへ躍り込んだ。あっという間の19-0。Gが決まれば21点!

 いや副審が旗を揚げた。芝を滑り跳ねる足のどこかがコーナーフラッグの手前でタッチラインを越えた。関学のFB、的場天飛があきらめずに追い、腕をしぶとく巻いて止めた。振り返れば、金貨ざくざくに値するタックルであった。腰回りのたくましい15番はアタックでも大いに能力を発揮した。

 フィニッシュを狙うランに特段の落ち度はない。ただ「仕留め切る」ことはできなかった。序盤に早くも訪れた「勝負の分かれ目」である。

 次の関学投入のラインアウトのあと。中央線を飛び越す右への長距離キックが、いま走ったばかりの左WTBのところへ届く。外へ出るか出ないかスレスレ、判断と処理の難しい軌道であった。ノックオン。音をたてずに流れが変わった。

 スクラム→オフサイド→モール→トライ。19-0のはずが14-5へ。ここから関学の朱紺ジャージィの攻守が、リードされているのに、まるで優位のように元気でふてぶてしくなった。ちなみに、この日の京産は濃紺をまとっていた。

 26分。再び関学がモールをドライブ。左オープンへ仕掛け、14番の中俊一朗がスコアを積んだ。最初の10分は無敵のごとき京都の実力者たちが不思議なほど静かだ。ラグビーは、わけても学生のラグビーはつくづく心の主導権の争奪戦にしてパニックの押しつけ合いなのである。

 大学日本一の冠も近くにありそうな京産の失速。対照をなすのがKG、関学の活力である。当たり負けせぬフィジカリティー。よく練られた攻撃。モールとセットプレーの奮闘。もちろん、それらの体と技があっての優勢であるが、なによりも気持ちが強い。ちょっと違うな。強いというより晴れ晴れとしてる。

 フッカーの平生翔大主将の前向きな姿勢が印象に残る。12-21の前半36分過ぎ。敵陣左ゴール近くのモール最後尾より右サイドを一直線に駆ける。なんというか、その真っ直ぐのありさまが掛け値なしの真っ直ぐなのだ。ゴール前へ迫る。そこから主力のナンバー8、小林典大がたくましい上体をインゴールへねじ入れた。

 キャプテンらしい迷いなき直進。敵陣に単身斬り込む態度が、猛鍛錬の支える京産の確信を削った。

 ミッドフィールドの松本壮馬、川村祐太も衝突に引かない。1番の大塚壮二郎のタックルも効いていた。

3年生のWTB、武藤航生(こうしょう)。今季は全5試合に出場して5トライ。(撮影/平本芳臣)


 本欄選定の「あなたがいたから卒業生のビールがうまいで賞」は背番号11の武藤航生である。関西学院高等部出身の3年生。高校の先輩である主将と同じ匂いが漂う。いつでも能動的、ひとつずつのプレーに臆するところがまるでない。めまぐるしく位置を移し、あらゆる機会をとらえては、うれしそうに抜きにかかった。

 以下、想像であるが、厳しく我が身を律して、ひたむきにラグビーに取り組む京産のようなチームがおそれるのは、対戦校の「パワー」や「まじめさ」や「経歴」よりも「自信」ではないか。

「みずからの青春を信じる」根源的で自然な態度。そいつが鍛えに鍛えた側の発するオーラをときに飛び越える。キャプテン・平生と3年生・武藤は、パソコンのディスプレイにあっては自己肯定という生き物に見えた。

 もうひとつ。関学には落ち着きがあった。不利の見立てを覆す展開にあわてない。我々は勝ってよいのだ。そんな雰囲気。

 代表格は背番号9の川原大である。ちょっと海外の長身ハーフを想起させるフォーム。一見すると、やや腰高のようでも体の幹はぐらつかず、ひじより下に力があるのか、パスは柔らかさを保ったまま伸びる。短く放っても遠くをめがけても球の質が等しい。

 甘いはずもない圧力にも接戦の時間帯にも動じることなく、遠景では、むしろ淡々としているように映る。ラグビーマガジンの選手名鑑を引けば「173㎝・77kg 鹿児島Jr RFCー大分舞鶴」の3年部員。目立たぬ仕事を目立つまでもなくまっとうして、そこがよかった。

 さて冒頭の「切る」である。あらためて京産は「たたみかけての3トライ目」を新聞の見出しの調子なら「あと30㎝」で逃がした。ぼんやりしていたわけではなく実際にトライライン寸前まで防御を崩したのだから「勝負のアヤ」としても構わない。

 勝ち切るために仕留め切る。露骨なたとえを許してもらえば「あいつら蘇るかもしれねぇから頭まで潰しておけ」の心構えを忘れてはならない。とすればキルもかかわってくるか。14-0を21-0にする。さらにPGで24-0。あるいはTで26-0へ。ここが本当に大切だ。とは11月17日の京産のひとりひとりもよくよくわかっている。

3年生のSH川原大(だい)。今季の全試合で9番のジャージーを着ている。(撮影/平本芳臣)


 なのにそうならなかった。開始直後にあまりにも滑らかにスコアを連取できた。しかもその直後も大ゲインでほぼトライ。ゆえに芝の上で明確に「まず21点差。そこから24点差に」と意識する機会をなくした。現実の速度に心構えが追いつかなかった。もしかしたら強い集団の陥る穴なのかもしれない。
 
 サッカーでは「2-0→2-1の状況は1-0の状況に比べて同点に追いつかれる可能性が高い」(2019年のJリーグ公式ページの分析コラムより)。それを思い出した。関学はあわや0-3となるところを1-2にいわば変換できて、気が楽どころか愉快を覚えて、どしどし後衛より駆け上がりシュートを打ったのである。

 同日の同時刻。東京では帝京大学が明治大学を48-28で破った。対早稲田大学の17-48から鮮やかに立ち直った。前半15分までに14-0。そして同23分に19-0、G成って21-0と差を広げる。シーズンの射程で重要な加点だった。前半はなんと33-7。紫紺と白の実力通りの後半の巻き返しを「勝って反省」のよき題材とできた。あと30㎝、京産もそういうふうに終了の笛を聞けたかもしれない。


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