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スコアボードには19-64のスコアが刻まれていた。
フルタイム直後、赤白ジャージーの15番は、芝の上でうなだれ、動かなかった。
矢崎由高、20歳の秋。あらためて世界の壁、漆黒ジャージーの重さを知った。
10月26日に日産スタジアム(横浜)でおこなわれたテストマッチで、日本代表はニュージーランド代表に10トライを奪われて完敗した。
前半で12-43と大きく離され、早々に決着はついた。
その中で矢崎はよく動いた。幅広く移動し、タックルを何度も。自らラインブレイクをして、好球を受けて走るシーンもあった。
相手コンバージョンキックへのプレッシャーにも走った。
後半26分には長い距離を走った。
左サイドのラインアウトで日本代表は相手ボールを奪う。右へ展開。CTBディラン・ライリーが自分のトイメンを抜いて、敵陣10メートルライン付近で右のタッチライン際を走る矢崎にラストパスを送った。
15番がトライラインへ向けて加速する。それを追ったのはオールブラックスのSOダミアン・マッケンジー(日本ボールとなった時に後方に下がっていた)。
結果、黒衣の10番はゴール前5メートルで日本の若き好ランナーを倒し、ボールを奪う。そのシーンを振り返り矢崎は、「あれがいまの自分」と話した。
「状況としては、最後、1対1。(あとで)映像を見て、どうすればよかったか考えようと思いますが、世界の壁は高い。あそこで取り切れないのが自分の現状と痛感しました。ただ、終わってしまったこと。(どうしたって)いまからトライにはならない。前を向いてもう一度レベルアップするしかない。次に同じ状況では必ず抜ける選手にならないと、これから自分がジャパンで生きる道はないと思います」と悔しさを滲ませながら話した。
試合終了直後、悔しさが体内を巡り、しゃがみ込んだ。
「スコアボードを見て、世界との差を感じました。自分も、チームに与えられた影響が少なかった。悔しさや、いろんな思いが頭を巡りました」
フィジカルの強さに差があった。そして、もっと組織的に守らないといけない。体感を言葉にした。
悔しさの中にも手応えを得たところもあるのではないか。
そう問われると、「(前述のシーンで)トライを取り切れなかったことを考えれば、(他にブレークした局面はあっても)スピードは通用したと言い切れるかどうか怪しい。フィジカル面も含め、現時点では胸を張って言えるものはありません」とした。
ただ、自分の現在地を知れたことは事実。及ばない点は伸びしろと考えて前へ進む。自分たちが変わらないと何度やっても同じ結果になると思った。
周囲との連係の中で、パスをもらえる局面で顔を出すシーンを何度も作れたものの、実際のボールタッチについては物足りなかったと反省する。
「もっとボールに絡めないと、ゴールデンエフォートはできない」と話し、よりハードワークし続ける選手になることを見つめる。
◆先制パンチ。やがて失速。
指揮官をはじめ、多くの選手たちが「歴史を変える」と臨んだ一戦。しかし、世界を驚かせるニュースは発信されなかった。
日本代表は、先制パンチを出すことはできた。
キックオフ後4分過ぎ。右サイドのラインアウトから攻め、NO8ファウルア・マキシがセンタークラッシュ。そのラックで球をさばいたのはWTBジョネ・ナイカブラだった。
ナイカブラは左に待つSH藤原忍にパスした後、すぐに走る。前に仕掛けた藤原から内返しのパスを受け、ラック横を抜け出した。そのままインゴールまで走り切ってトライ。
SO立川理道がコンバージョンキックを決めて7-0とした。
11分過ぎに自陣でのターンオーバーから攻められ、WTBマーク・テレアのトライ、ダミアン・マッケンジーのGで7-7と追いつかれ、15分にはラインアウトからの攻撃後、LOパトリック・トゥイプロトゥのトライで逆転された(Gも決まり7-14)。
しかし前半18分、日本代表もトライを返した。PR竹内柊平、岡部崇人のランで大きく前進して相手反則を誘うと、PKで相手ゴールライン近くに入った。
ラインアウト後のモールから攻め、最後はNO8マキシがインゴールへ。12-14と迫った。
20分までは、スコアも攻防も競っていた時間帯。しかしその直後、勝敗の分岐点となるシーンがあった。
オールブラックスが左ラインアウトから攻め、順目に継続。振り戻しのアタックを仕掛けた時だった。
SOマッケンジーがパスを受けた瞬間、日本代表の8番、マキシが判断よく飛び出して黒衣の10番を仰向けに。ボールがこぼれた。
その球を足に掛けたのはLOワーナー・ディアンズ。ワーナーはキックしたボールをチェイス。自らつかみ、そのままトライラインを越えた。
チームにモメンタムを与える爽快なプレーだった。
しかし、TMOを経てトライはキャンセルされる。
マッケンジーが放ったパスがマキシの手に当たっているのが確認されて、ノックオンとなった。
その直後のスクラムだった。オールブラックスは中央のスクラムから右に攻める。
パスは4つ、延べ4人がボールに触れ、CTBビリー・プロクターがインゴールに入った(12-19)。
チームが勢いづきそうだったトライが消え、直後に5点を失った。
オールブラックスはその後、ハーフタイムまでに4トライを連続して奪う。さらに後半4分にもSHキャム・ロイガードがトライラインを越えた。
日本は12-50とされて勝負は決した。
◆トライキャンセル後、心の動き。
エディー・ジョーンズ ヘッドコーチは、1試合を4つの時間帯に分けると、「2つ目のブロックが良くなかった」と振り返った。
トライキャンセルから崩れた時間帯だ。「感情面で対応しきれず、その後のエフォート、意図が下がってしまった」と指摘した。
トライと思った矢先に失トライ。落胆はするだろう。
ただ、「感情面に左右され過ぎないこと、試合をやり続けることが大事。試合の局面局面で毎回興奮したり、残念に思い過ぎないようにしないと。そこをはやく学ばないといけない」
それが敗戦の理由のすべてではないが、チームの空気が落ちたことは矢崎も感じた。
「トライキャンセル後、ジャパンのマインド、エナジーはダウンしていました。自分も含め、そこのコントロールをできる選手にならないといけない。チームとしても、そこでくいついていかないと」と話した。
また、トライキャンセル直後にスクラムから奪われたファーストフェイズでのトライを、こう振り返った。
相手が精度高くプレーしたのは事実。実力者も並んでいた。しかし、自分たちの立ち位置は正しかったか。コミュニケーションも取れていなかった。
その局面ひとつをとっても、両チーム間には差があった。プレー精度。判断。そしてフィジカリティ。オールブラックスはもちろん個々の能力も高いが、「シンプルなことを丁寧にやり続ける」(ジョーンズHC)から強かった。
立川理道主将は、崩れ始めた時間帯、ハドルの中では基本に立ち返る声や、「リーダーからの指示が出ていた」と話した。
しかし修正できなかった。「遂行力が足りなかった」とした。
ジョーンズHCは、立ち上がりの時間帯に選手たちが見せた、「挑む姿」については「誇っていいもの」と評価した。
それを80分続けないといけない。今回戦えた20分を、次戦ではさらに長くする。その作業を繰り返し、積み上げていくしかない。
「経験値は教えられるものではなく、積んでいくもの。感情のコントロールも教えられない」と続け、「進歩し続けているが、感情のコントロールなども含めたチームの成熟などに関しては3年かかるところもある」。
また、掲げる超速ラグビーに関しては、「極端なバージョンをプレーさせている」と表現した。
その理由を、「超速は他国と差をつける部分。それを自分たちのDNAとするためには、まず、いまのDNAを変える必要がある」という。
現在おこなっている極端バージョンはキックを使うことも少なく、ディフェンスにとっては読みやすいというデメリットもあるが、いずれ枝葉を追加し、予測しづらいスタイルにすると先を語った。
オールブラックス戦では、スクラムやラインアウトなど、セットプレーが安定したのは収穫だった。
しかし、先は長い。
そして、各テストマッチで勝負に徹することはなかなかされず、「自分たちにフォーカス」の期間が長く続く。