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フランス協会の会長選挙が行われ、現職のフロリアン・グリル氏(59歳)が再選を果たした。
現地時間10月18日午前8時から翌日正午にかけて電子投票が行われ、約1900のアマチュアクラブが票を投じた結果、グリル氏が67.22%の得票率で対立候補のディディエ・コドルニウ氏の32.78%に大差をつけて勝利した。
ちなみにコドルニウ氏は、1979年にフランス代表が初めてNZの地でオールブラックスを倒し、歴史的な勝利を挙げた試合でトライを決めたCTBで、フランスラグビー界のレジェンドだ。
この夏は、フランスラグビー界を揺るがす事件が続いた。
アルゼンチンでのフランス代表選手の不祥事(メルヴィン・ジャミネの人種差別発言、オスカー・ジェグとユーゴ・オラドゥが性的暴行で起訴)。さらに南アフリカでは、遠征中のU18代表のメディ・ナルジシが離陸流にのまれて行方不明になった。
それでも、グリル氏が信任を得たことになる。
グリル氏の再選後の最初の言葉は、「まず思うのは、メディ・ナルジシと彼のご家族のことです」だった。そして「この夏の出来事はフランスラグビーのイメージを傷つけた。今回の選挙戦もイメージを良くするものではなかった。私たちの最優先事項は、フランスラグビー界に落ち着きを取り戻すことだ。この夏に起きたことが、ボランティアの皆さんの日々の活動に暗い影を落とすことのないよう、あらゆる手を尽くす」と続けた。
2022年12月、前会長のベルナール・ラポルト氏が収賄、優越的地位の濫用、利益相反行為、横領で有罪判決を受け(現在控訴中)、辞任に追い込まれた。自身の後任者の選挙を拒否したラポルト氏は、翌年2月に会長代行として副会長のパトリック・ビュイソン氏を指名して信任投票が行われた。
その時は、反対票を投じたアマチュアクラブが賛成派を上回った。
2023年5月にようやく選挙が行われ、グリル氏がビュイソン氏を破って会長に就任。そしてラポルト氏の残任期間を終え、今回の選挙となった。
繰り返される選挙にうんざりしたクラブの代表者からは「政治よりも仕事をしてほしい」と言う声も聞こえていた。
今回は正規の4年の任期が与えられた。
「莫大な量の仕事が待っている」と言うグリル氏が最重要課題としてあげるのが、フランスラグビーを構成する土台となるアマチュアクラブを支援し、競技人口を増やすことだ。「特に人口の少ない村や町のクラブを支援しなければならない」と言う。
「アマチュアクラブも予算が膨らみ、財源に恵まれる都市部に集中する傾向にある。しかし、14あるフランス代表チーム(男子15人制、女子15人制、男子7人制、女子7人制、男子U20、女子U20など)の選手の50%は人口1万5000人に満たない小さな村や町の出身だ。その地域のクラブがなくなってしまうと将来的に戦力の低下につながる」
多くのクラブの施設が1970年代に建てられたもので、改修が必要になっている。
「そのために、この15か月で200のクラブに対して2000万ユーロ(約32億6120万円)支給した」
次に掲げるのが、「協会の赤字財政を3年で立て直す」ことだ。
徹底的に支出を見直した。「フランス代表の試合の招待券の数を大幅に制限したことで、チケット収益が2700万ユーロ(約44億円)増えた」という。役員のクレジットカードも廃止した。
ラポルト体制時に30%アップされていた職員全体の総給与額を5%カットした。リストラはしないが、退職者が出てもポストによっては欠員補充せず、職員が400人から320人になった。
フランス代表チームの合宿は国立ラグビーセンターで行い、遠征時のホテルのランクは星を一つ落とした。
また、「シックスネーションズでは、フランスは全体の収益の26%を生んでいるが16%しか分配されていない。イングランドは31%得ている。昔からの契約でそうなっていることが分かった。これはフェアじゃない」と再交渉していく構えだ。
さらに2025年6月で現行の契約が終了するスタッド・ド・フランスの使用権についても、「直接的、間接的なものを含めて、スタッド・ド・フランスの収益の40〜50%はラグビーによるもので、私たちの貢献度はとても大きい。この状況を考慮してもらって、より良い提案を出してもらえることを期待している」と攻めの姿勢だ。
「私のポジションはロックだから、問題があれば、巧みに交わすよりも真正面から立ち向かう派だ」
パリ生まれ。パリ・ユニヴェルシテ・クラブ(PUC)と言う1906年創設の歴史あるクラブで12歳の時にラグビーを始めた。U21の大会でフランス国内準優勝したが、HEC Paris(HEC経営大学院)に入学し、勉学に専念するためにPUCのシニアチームで続けることは断念し、大学院のラグビー部で続けた。
当時のフランスには兵役があった。グリル氏は、海外の仏系企業で役務に就くオプションを選び、アメリカへ渡った。そこでもマンハッタン・ラグビー・クラブでプレーを続けた。
フランスへ帰国し、1994年に共同で設立したマーケティング&メディアコンサルタント会社(CoSport MediaTrack)は、2023年には240名の従業員を抱え、売上1650万ユーロ(約27億円)に達する。
趣味としてのラグビーを続けていたが、息子をラグビースクールに入学させようと連れて行ったところ、コーチがいなかった。即席で指導することになった。
そこからラグビースクールのコーチとして、またアマチュアクラブの運営スタッフとしてのグリル氏の活動が始まり、2009年にそのクラブの会長になった。2017年にはパリが所在するイル=ド=フランス地域リーグの会長に選ばれた。代表選手やトップレベルのコーチとしてのキャリアがあるわけではないが、アマチュアラグビーにずっと携わってきた。そしてラグビーの可能性を信じている。
「社会にもっとラグビーがあれば、社会はもっと良くなると信じている。ここは、あらゆる世代、様々な社会階層の人々が混在して交流する、とても貴重な場だ」
だからこそ、代表選手に規律を求める。
これまでは選手の自主性と責任に任せていたが、それではもう機能しないと、この夏アルゼンチンで思い知らされた。
11月の15人制代表チーム集合から、パフォーマンス強化プランの一環で、生活に関する厳しいルールが採り入れられる。「世界チャンピオンを目指すために、高いお金をかけてGPSでデータを解析し、栄養指導や個別のハイドレーションメニューまでつけているのに、朝4時、5時まで睡眠を取らずに飲んでいるのはおかしい」と腹立たしさすら感じる。
違反者には罰金や一時的に代表チームから外される処分が課される。年齢別カテゴリー代表のスタッフの組織や命令体系も見直す。
「これは信用問題だ。選手だけではない、スタッフにも当てはまる。フランス代表チームに所属するのなら、36万人のラグビー競技者、そしてアマチュアクラブを支えてくれている6万人のボランティアスタッフをリスペクトしなければならない。彼らは『ラグビーでは他人をリスペクトすることを学びます』と、子供たちをラグビースクールに連れてきてくれる父兄に説いているんだ。さらに、フランス代表チームの活動費用を払ってくれているスポンサーもリスペクトしなければ。私たちは彼らのイメージも背負っているのだ。代表チームに選ばれると言うことは素晴らしいチャンスだ。しかし、そこには義務と責任が伴う」
2020年に会長選挙に初めて立候補した。
2期目の当選を狙っていたラポルト氏に「フロリアン・グリルなんて誰も知らない。知っているのは彼の母親ぐらいじゃないか」と馬鹿にされた。その時は敗れたが、ラポルト氏の得票率51.47%に対して48.53%と僅差に詰め寄った。
ラグビー愛好者として、またアマチュアクラブの運営者としての視点と、経営者の手腕を持ち合わせ、実直な人柄でクリーンなイメージを持つ。こんな人物こそが今のフランス協会に必要なのではないだろうか。
グリル氏がもう一つ掲げている目標がある。ワールドラグビー(以下、WR)でのフランスの存在感と発言力を取り戻すことだ。
ラポルト氏が有罪判決を受けWRの副会長の職を辞してから、フランス人が要職に一人もいない状態になっている。元フランス代表キャプテンのアブデラティフ・ベナジが、11月14日に行われるWR会長選挙に立候補している。
【プロフィール】
福本美由紀/ふくもと・みゆき
関学大ラグビー部OBの父、実弟に慶大-神戸製鋼でPRとして活躍した正幸さん。学生時代からファッションに興味があり、働きながらフランス語を独学。リヨンに語学留学した後に、大阪のフランス総領事館、エルメスで働いた。エディー・ジョーンズ監督下ではマルク・ダルマゾ 日本代表スクラムコーチの通訳を担当。当時知り合った仏紙記者との交流や、来日したフランスチームのリエゾンを務めた際にできた縁などを通して人脈を築く。フランスリーグ各クラブについての造詣も深い。