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エベン・エツベス[南アフリカ代表]◎スプリングボックス最多キャップも通過点。
RWC2023決勝のオールブラックス戦でのエベン・エツベス。(撮影/松本かおり)

エベン・エツベス[南アフリカ代表]◎スプリングボックス最多キャップも通過点。

Dylan Jack

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 節目の試合後、キャプテンのシヤ・コリシは、こうコメントした。
「親友に言いたい。エベン・エツベスとプレーしたことを孫に話すのがいまから待ちきれないよ。アイ・ラブ・ユー」

 9月28日に南アフリカ、ネルスプロイトでおこなわれたザ・ラグビーチャンピオンシップの2024年最終戦で、スプリングボックスがアルゼンチン代表を48-7と破った。
 同大会での5年ぶりの優勝を決めた。

 冒頭の言葉は、その試合で128キャップに到達し、スプリングボックスの歴代最多キャップホルダーとなったLOエベン・エツベスへ向けたものだ。
 ともに1991年生まれ。年代別代表の頃から付き合いのある2人の絆は太い。

 南アフリカ代表のエンジンを10年以上支えてきたエツベスの存在の大きさが、今回の記録更新により、あらためてクローズアップされている。
 127キャップでこれまでの記録保持者だったヴィクター・マットフィールド氏も、かつてのチームメートで後継者、後輩のエツベスのことをリスベクトしている。

 2011年だった。若き日のエツベスの姿がケープタウンのニューランズにあった。
 当時、彼はすでにウェスタンプロヴィンスのユース世代の選手として頭角を現していた。UCT(ユニヴァーシティー・オブ・ケープタウン)の一員としてヴァーシティーカップも制していた。
 当日、ニューランズで催されていたのはマットフィールド氏の書籍発表会。エツベスはそこに迷い込んだ。

 当時19歳。エツベスの才能は粗削りながらも、誰が見ても特別だった。
 ワールドクラスのセカンドローを何人も見てきたマットフィールド氏には、それが分かったのだろう。19歳の青年を呼び止め、大胆な予言をした。

「私は彼を『braai』(南アフリカ式BBQ)に招待して、そこで言ったんだ」とレジェンドは思い出す。
「キミは来年スプリングボックスでプレーできると思う、と、その時、彼がその言葉を信じていたかどうか分からないが、翌年、エベンはハイネケ・メイヤーに代表招集され、イングランド代表と対戦したよ」

 それから13年が経った。いまにして思えば、その予言は控えめなものだったと言えるだろう。
 その後のエツベスはスプリングボックスのメンバー入りを果たしただけでなく、予言者を追い越して同国史上最多キャップホルダーとなったのだから。

 その数字は、エツベスの驚異的なフィジカリティ、卓越した安定感、そして10年以上にわたってチームの心臓部となってきた不屈の精神を証明するものだ。

 史上最高のロックのひとりであるマットフィールド氏は、当初からエツベスに他の選手にはない何かを見出していた。
 力強さ、俊敏性、そして鋭さ。そのすべてを兼ね備えていると評価する。

「彼は若い頃から信じられないほどの才能を持っていた。彼は運動能力、フィジカル、すべてがすぐれていた」
 U21のスター選手からテストマッチ出場という飛躍は必然だったのだ。

 ケープタウン生まれの新最多キャッパーは、204センチ、117キロ。巨人のような体格ながら機敏。そして、常に試合を支配する力を持っている。強烈なボールキャリー。雷鳴のようなタックル。常にスプリングボックスのエンジンルームになってきた。

 スプリングボックスの大男と言えば202センチ、124キロのバッキース・ボタ(85キャップ)の姿を思い浮かべる人もいるだろう。
 しかしエツベスは、ボタのようなフィジカルモンスターではない。

 他の追随を許さぬ運動量で試合に臨み、精力的にキックを追いかける。そして、ラインアウトのキーマン。つまり、マットフィールド氏とボタを融合させたような選手になった。

 ただエツベスは、若い頃から人の先頭に立っていたわけではない。
 鼻っ柱の強い若者は時が経つにつれ、チーム内のリーダーへと成長し、存在感があるだけでなく、戦術眼と決断力の高さでも重要な存在となっていった。

 ストーマーズや代表チームでエツベスとプレーしたジャン・デヴィリアス(CTB/主将)は、新人時代から代表の中心へと成長していく過程を見守ってきたひとりだ。
「彼は野獣と言ってもいい人間だった」
 だからスプリングボックスの大きな戦力となったのだが、とにかく荒々しかった。

 キャプテンとして信頼の厚かったその人は、エツベスやシヤ・コリシ(現代表主将)を「自分の子どもたちのように感じている」と前置きして、「エベンが現在のようなリーダーになれるとは思っていなかった」と話す。

 元主将の直感はきっと正しい。
 エツベスは妥協を許さない。一本気だから、自然体のままリーダーシップを発揮するのは難しかっただろう。しかし本人は、チームへの自分の影響力がプレーだけではないと気づき、変わっていった。

 リーダーとしてステップアップする必要性を自覚し、チーム愛が膨らみ、いまがある。
 U19代表時代からの仲間であるコリシとの関係性をより深め、チームを牽引する意識が強くなっていった。
「彼とシヤの関係は非常に緊密。彼は間違いなくシヤの右腕的存在になっている」とマットフィールド氏も言う。

記録更新当日、127キャップのヴィクター・マットフィールド氏と。(Getty Images)

 エツベスのキャリアを支えているのは安定感だ。ラグビーのように過酷なスポーツにおいて、トップレベルで息長く活躍するのは簡単なことではない。
 規律、回復力、そして精神力が不可欠。それらをすべて持っている選手などほんのひと握りだ。

 マットフィールド氏は、「これだけの数のテストマッチをこなすには、安定感がすべて」と言う。
「努力を続けていないとあり得ない。高いレベルを維持したいのであれば、多くの規律が必要になる。エベンには間違いなくそれがある」

「意思決定、ペナルティをしない規律の高さ、ラインアウトでのコンテストと、すべての面で向上し続けている。常に空中高く跳ぶことができるが、いつジャンプするか、どこで跳ぶか、相手にプレッシャーをかけるためにどう動くかといった判断力が高い」

 運だけで選手生命が長続きするわけがない。エツベスが他の選手と違うのは、たゆまぬ努力に加え、ここぞ、という時に自分のプレーレベルを上げることができる能力を持っているところだ。
 デヴィリアス氏も、「エベンがラクをしてきたと思っている人がいたら、それはまったくの見当違い」と証言する。

 デヴィリアス氏は成長した姿に惜しみない賛辞を送る。
「エベンがいると、スプリングボックスのFWパックは獣になる」
 持ち味である獰猛さ、運動量、そして成熟度の高さ。それらが相まって、エツベスは南アフリカ史上最高の選手の一人として記憶されるだろう。

 最多キャッパーという揺るぎなき功績を得ても、エツベスの物語はまだ終わっていない。
 2027年のワールドカップへ向かう道の途中でさらに多くの記録を塗り替え、南アフリカラグビーの伝説としての地位を不動のものにする可能性は大いにある。

 マットフィールド氏は、「次回ワールドカップへの出場もテストマッチ150試合出場も、間違いなく彼の手の届くところにある」と断言する。
 128キャップは通過点にすぎない。

【エベン・エツベス、128キャップまでの道のり】

2012年6月9日:キングスパークでのイングランド戦でスプリングボックスデビュー。

2015年7月18日:ブリスベンでのオーストラリア戦でテストマッチ初トライ。

2015年10月30日:ロンドン・オリンピックスタジアムでの2015年ワールドカップ3位決定戦、アルゼンチン戦でテストマッチ2トライ目。

2016年9月10日:ブリスベンでのワラビーズとの試合(ザ・ラグビーチャンピオンシップ)で、24歳にしてスプリングボックス史上最年少でテストマッチ50試合出場を達成。

2017年6月24日:エリスパークでのフランス戦で初のキャプテン。トライも挙げ、35-12の勝利に貢献。

2018年8月18日:キングスパークでのアルゼンチン戦で背中の怪我から復帰。34-21の勝利に貢献。

2018年9月15日:ウェリントンでのオールブラックス戦で36-34。歴史的な勝利に貢献。

2019年7月20日:エリスパークでのワラビーズとのシーズン開幕戦で、2017年以来となるキャプテンを務める。35-17の勝利に貢献。

2019年11月2日:横浜でのワールドカップ決勝でイングランドに32-12と勝って初優勝。ワールドカップ後、トゥーロンに加入。

2021年8月7日:ケープタウンでのブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズ戦で、スプリングボックスのシリーズ勝利に貢献。

2022年2月17日:シャークスに移籍し、南アフリカに復帰。

2022年7月16日:ケープタウンでのウェールズ戦で、スプリングボックス7人目となるテストマッチ100試合出場を達成。

2022年11月26日:イングランド戦で、2014年以来となるトゥイッケナムでの勝利に貢献。3本目のテストマッチトライ。

2023年8月25日:トゥイッケナムでのワールドカップ壮行試合で、オールブラックスに35-7という記録的な勝利を収める。

2023年10月15日:ワールドカップ準々決勝で、開催国フランスを相手に決勝トライを決め、スプリングボックスの勝利に貢献。

2023年10月28日:オールブラックスに12-11と勝利。2度目のワールドカップ優勝。2度目のワールドラグビー年間最優秀選手賞にノミネート。

2024年8月31日:エリスパークで行われたオールブラックス戦で125キャップ目を獲得し、ブライアン・ハバナを抜いてスプリングボックス史上2位となる。

2024年9月28日:ネルスプロイトでのアルゼンチン戦で128キャップ目を獲得。南アフリカ代表最多キャップホルダーとなる。

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