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【楕円球大言葉】ここはルーカス > ここもルーカス
2023-24シーズンは入替戦2試合を含む17戦に出場したリコーブラックラムズ東京、アイザック・ルーカス。(撮影/松本かおり)

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藤島大


 天理大学と京都産業大学について書こうと考え始めたら黒い羊がメーと啼いた。リコーブラックラムズ東京。あの悪くはないのに殻を破れぬ大都会のクラブの切り札の姿が浮かんだ。

 アイザック・ルーカス。オーストラリア・ブリスベン南部出身、25歳のバックスのユーティリティーである。いついかなるゲームにおいても、球をつかめば観客はわく。きれいに研いだ小型ナイフのごときステップを駆使、わずかであれ、いえ、たいがいはわずかではなく、痛快にゲインを切る。

 昨シーズン終了後、東京・高田馬場の本物の大衆酒場(焼き鳥のひと串の価格が新日鐵釜石の黄金時代のころと変わらない)で、リーグワン在籍のある選手が明かした。

「いちばん凄いのはアイザック・ルーカス」

 意表をつかれた。たとえばモウンガでもデアレンデでもライリーでもナイカブラでもなく、すなわちファイナル進出のインターナショナルではなしに、フル代表経験を有さぬ180㎝・85kg、リーグ10位にあえいだブラックラムズのランナーの名を挙げた。

 もしかしたら「本当は」という言葉が添えられたような気もする。きりりと冷えたビールのせいで忘れた。ここでは、その意味を考えてみたい。そこで天理と京産大だ。

 近年の両校の実力には芯が通っている。部のヒストリーにあって殻を破り(天理=2020年度の大学日本一)、また破りつつある(京産=21、22、23年度、全国選手権準決勝進出)。関西リーグでは、かつて全国3連覇の同志社大学との差を広げた。

昨季大学選手権準決勝、明大×京産大。写真は京産大LOソロモネ・フナキ。(撮影/松本かおり)

 どちらも「留学生」の存在が効いている。天理の優勝時には13番のシオサイア・フィフィタ(日本航空石川)が恐竜にして怪鳥のごとく駆け、このところの京産大の充実もロックのソロモネ・フナキ、バックスとFW3列をこなすシオネ・ポルテレ(ともに目黒学院)らの決定力あればの結果だ。

 と記すと、強力な個に寄りかかっているようだが違う。天理にも、京産大にも、たとえ勝ち切れぬ時期が長く続こうとも確たる文化があった。いまもある。

 2008年度。天理は関西リーグ3位だった。1位の関西学院大学には0-39で敗れている。いま34歳の立川理道が18歳、新人のシーズンである。「京産大に20シーズンぶりの勝利」がニュースになった。

 このとき、往時のジャパンの名キャプテン、横井章さんはさすが、10月の時点で黒ジャージィの潜在力を看破していた。花園のスタンドで話すのを隣で聞いた。当時、関学のアドバイザーだった。

「自分たちの強みをよくいかしたラグビーがある。それを信じているから粘れる。あなどれない」

 翌09年度が2位、10年度は1位、関西連覇の11年度に全国選手権ファイナルへ進み、帝京大学に12-15、レフェリーの笛ひとつという展開で惜しくも散った。
 
 天理の根底には「抜く思想」がある。しなるように人とボールは動く。京産大はもちろん粘りつくようなFWを軸にすえながら、猛鍛錬によって身体化された持久性や筋力を野太いランに集約させる。いずれも独自のスクラム理論をつくりあげた。

 そこへ打倒関東の最後のピースよろしく留学生が加わった。だから強い。日本の高校に入るまではトンガに育った若者は、進学先の部を助けるのでなく、天理と京産大のカルチャーと方法に溶け込んで、結果、仲間と肩を組みつつ自身の能力を高めるのだ。

 帝京も留学生を擁する。もともと分厚い陣容に堅牢なスタイル。こちらも頼る気配はない、どころか不在を気にする者もそんなにいない。

中央は天理大NO8パトリック・ヴァカタ。昨季大学選手権準決勝の帝京大×天理大。(撮影/松本かおり)

 アイザック・ルーカスに戻る。ブラックラムズでは15番をおもに務める。先のシーズンは6節からしばらくは背番号10で出場した。その後、最後尾へ戻り、入替戦をFBで終えた。芝の上では常に主役である。のべつあらゆる場面に顔を出す。

 露骨ではないのだが、いくらか「ルーカスありき」にも映った。もちろん本人はそれだけの力を備えている。現有勢力をぶつけるという意味において、ひどく間違ってはいない。

 ただしトップを狙うのなら(ブラックラムズには潜在力がある)、まず「これぞわがラグビー」を確立、急いで焦らず、国内の大学を卒業した若手を枠に沿って鍛え、逆算でユニットを整えて、フィニッシュ能力など足らぬところに「ルーカス級」を集中投下したほうがよい。

 清宮克幸監督のころのヤマハが、CTBのマレ・サウをインゴール近くのトライを奪う状況にのみこれでもかと活用していたのを思い出す。無名を伸ばしながら練り上げた攻守の型をはみ出さず、では息が詰まるかといえばそうではなく、当のサウはあの時期がいちばん輝いていた。

 タレントは潤沢でなくとも幕内上位の土俵に立てるチームをつくる。そこへ少数の際立つ才能を、あえて申せば、あてはめる。金星。さらには優勝へ。遠回りのようで実は近道だ。



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